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1,史跡田辺城跡(舞鶴公園)
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彰古館 |
安土・桃山時代の天正8年(1580)、丹後国は細川幽斎(藤孝)、忠興親子の領国となります。細川氏は、現在の伊佐津川と高野川に囲まれた平野部に田辺城を築きました。これ以後、田辺城は細川・京極・牧野氏の居城として約290年間、領内統治の中心的存在でした。明治6年田辺城は廃城とされ、本丸付近は現在舞鶴公園となっています。また、「舞鶴」の地名は、田辺城の別称「舞鶴城(ぶかくじょう)」に由来しています。 | ||
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平成4年(1992)、田辺城城門(田辺城資料館)が完成し、展示室では細川幽斎を中心とした歴代城主や、城下町・田辺の歴史を紹介しています。また、彰古館では「糸井文庫」の錦絵資料を展示しています。
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3,心種園
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舞鶴公園の一角には、幽斎が田辺籠城のとき、古今伝授の奥義を伝えたといわれる心種園があります。 | ||
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COLUMN 通り名の由来
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| 関ヶ原合戦の前哨戦として、石田三成方1万5千人の軍勢は幽斎を攻めました。幽斎はわずか500人程で、田辺城に籠城します。しかし、幽斎は「古今和歌集」の秘事口伝の伝承者であったため、古今伝授の廃絶を憂慮した天皇の勅命で包囲が解かれたのは有名な話です。 |
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市内から出土した考古資料を中心に展示しています。市内桑飼下遺跡、志高遺跡から出土の考古資料や海との深い関わりを示す浦入遺跡の塩づくりに使用した出土品などを紹介しています。ます。 |
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5,桂林寺 TEL
0773-75-0168
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室町時代、竺翁雄仙(ちくおうゆうせん)によって創建された。中国風の諸堂が建ち並ぶ境内には、異国情緒が漂います。鎌倉時代後期の石灯籠は国旧重要美術品です。 |
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6,朝代神社 TEL
0773-75-0132
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天武天皇2年(673)の創建と伝えられる古社。江戸時代には、田辺城下の産土神として信仰を集めました。祭礼では、吉原の太刀振りや太鼓やぐらが奉納されます。 |
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7,明倫館正門
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江戸時代の田辺藩主牧野宣成(ふさしげ)が開いた藩校、明倫館の正門が今も残ります。 |
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8,円隆寺 TEL
0773-75-1193
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奈良時代に行基が開き、平安時代に皇慶上人が中興したといわれています。平安時代の丈六仏など、多くの国重要文化財を収蔵しています。 |
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COLUMN 城下町の芸屋台
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| 豪華な金具や彫刻、美しい見送幕などで飾られた芸屋台。城下町の各町内には、城下町の産土神朝代神社の祭札に参加した江戸時代の芸屋台が保存されています。JR西舞鶴駅のある西駅交流センター内と寺内町の展示施設で見ることができます。 |
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